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襖には唐紙という別名がある。

襖の別名に「唐紙」というものがあります。襖の表に張られている襖紙には、伝統的な物から新しいものまでいろいろありますが、唐紙という場合にはその中でも、主に紙製の襖紙を用いたタイプを指して言われます。そもそも襖は今から1000年近く前の平安時代に生まれた、日本固有の建具です。その時点では木製の土台に絹を張ったものを襖障子と呼んでいました。「ふすま」という言葉が寝具の衾(ふすま)に通じますし、漢字も衣へんである事からも布とかかわりの強い建具であったことが示唆されます。因みになぜ障子とついているかというと、古くは建具一般を障子と呼んでいたためです。その後に中国から、質のいい模様付きの紙が大量に輸入されるようになると、これを絹の代わりに用いた建具が登場しました。この紙を唐紙と称したので、この建具を唐紙障子と言います。唐紙障子と襖障子は当初、別の建具として認識されていました。しかし表に張られているのが絹か紙かの違いだけなので、次第に混同されるようになっていつのころからかどちらも同じ建具を指す言葉として用いられるようになったのです。現在では紙製の襖紙に唐紙は用いませんが、かつての名残として唐紙という名称が用いられる場合もあるのです。

障子は時代とともに変わります

年末になると、おばあちゃんが障子の張り替えを行うという光景は、昭和の後半にはあまり見られなくなってきました。核家族化が進み、家の形式も和洋取り混ぜたスタイルが主流になってきたことで、障子のない家まで登場してきたことが原因です。しかし、21世紀になると、経済発展が落ち着き、今までの良いものを積極的に取り入れようとする動きがでてきました。そのため、和風建築をリフォームして利用することが増え、障子のある家が増えてきました。しかし、すでに障子を張り替えたことのある経験者が非常に少なくなり、年末に障子を張り替える風景を目にすることは減っています。それでも、代わりに、障子の張替え業者が作業を行うようになり、現在では、インターネットを利用して注文を集めているところも出てきています。このインターネットを利用した障子の販売は、思わぬ効果をもたらしており、さまざまなデザインの障子を画面上で知ることができるようになってきたのです。これまで、白い障子ぐらいしか目にしなかったものが、アニメのキャラクターを取り入れるなど、趣味に関するデザインを入れ込むことができるようになっているのです。さらには、素材自体の見直しも進んでおり、破れないプラスチック製のものさえ登場しているのです。




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比叡山延暦寺

湖南市大津市の北西方、京都との境に南北に連なる地塁山地、それが比叡山である。その山体の大部分が秩父古生層からなり、南部には花崗岩がみられる。山頂付近一部の急斜面もあるがは概して緩斜面をつくっている。最高点は京都市側の四明ガ岳の海抜848m。山上には、平安時代の初期、伝教大師最澄によって開かれた比叡山延暦寺がある。延暦7年(788年)南都(奈良)の仏法を修業した最澄が比叡山に登って比叡山寺を造立、自作の薬師如来坐像を安置、仏教興隆の祈願道場とした。これが後の一乗止観院、すなわち根本中堂の起こりとされている。薬師堂・文殊堂・経堂の3宇があり、本尊を祀る薬師堂がその中央に建っていたので、根本中堂と称したのだと言う。延暦23年(794年)京都に遷都した桓武天皇は、比叡山へ御幸し比叡山寺を都の鬼門鎮護の霊場に定めた。比叡山延暦寺は、天台宗門三大本山のひとつとされる巨刹で、堂宇は東部の東塔、西寄りの西塔、北部の横川の3地区に分かれ、さらにこれが東塔の東谷・南谷・西谷・北谷無動寺谷、西塔の東谷・南谷・北谷・南尾谷・北尾谷・横川の香芳谷・戒心谷・解脱谷・兜卒谷・飯室谷・般若谷の計16谷に分かれている。これを比叡山の三塔十六谷と呼ばれる。寺の盛時の平安後期の頃には、三塔十六谷に3000余の坊舎が満ちみちて、その勢威は白河法皇をして『加茂川の水、双六の賽、山法師(延暦寺の僧兵)は、これ朕が心に従わざる者』と嘆かしめた程であった。元亀2年(1571年)史上有名な織田信長の比叡山焼き討ちにより、全山焼き払われたが、江戸時代の初め、徳川家康の援助などによって復興された。巨杉に囲まれて建つ東塔の根本中堂や西塔の釈迦堂などの壮大な伽羅は、長い間仏教の霊地として敬われて来た歴史を余すこと無く伝えている。登山道としては大津市側には坂本から根本中堂に登る東塔坂、京都市側には白川道・雲母坂・走出道などがある。しかし昭和初年にケーブルカーが設置されてからは、登山道はあまり利用されることは少なくなっているようだ。今は四明ガ岳山頂には、自然科学館や高山植物園などを備えた遊園地がある。湖南市側からは、日吉大社の門前町・坂本から表参道を経て、無動寺谷を通って登る登山道がある。山中には湖南市大津市から京都大原方面へ抜ける東海自然歩道が通っている。
(湖南市の近江商人)
風土記の逸文にこうある。「近江の国は、淡海を似ちて国の号を為す。故にまたの名を細波の国と言う。目の前に湖上の漣を向い観るが故なり」近江一国が巨大な盆地であり、盆地の中に大きな淡海が横たわる・淡海は一方でくびれ、その姿が琵琶に似ているところから、何時の頃からか琵琶の湖と呼ばれ、名付けられた。国内いたるところから静かな海を観る事が出来る。時には一杯に広がりをみせ。時には山の合間にほにみえる。昔も今も変わりなく、近江はまず淡海の国である。県面積の6分の1を占める琵琶湖はよきにつけあしきにつけ、近江の人々の生活を人情をあるいは文化までをも左右してきた。東海道を旅する人々は、車窓から見える琵琶湖の美しさに感嘆する。国境の山々を添景に静かにたゆう湖を見る時、誰しもふと、この地に降り立ちたい衝動にかられる。周囲の山地に囲まれた近江盆地に入るにはどの方向からきても、峠かトンネルを越さねばならない。歴史に名高い3つの関所、愛知の関を通るのは北陸本線、不破関を通るのが東海道本線、そして国道1号線は鈴鹿関を通る。京都からの入り口には、歌に詠まれた逢坂の関があり、峠を越せばもう湖国である。湖と山とで織りなす風景は旅人を深く魅了してやまない。古来、今の湖南市、近江国は北陸、東山(中仙道)東海の東国3道がことごとく集まる交通の要路に位置した。旅人達の多くは近江の土を踏んだ。長い旅路の途上で静かに横たわる琵琶湖がどれだけ心の慰めになったか計り知れないものがある。しかしそれが逆に、いわゆる通過地の宿命を与える結果となったのも否めない。湖南市に独自の文化の定着が比較的少ないと言われる結果となったのも、ここに理由があるのだろうか。この傾向は政権争覇の上でも顕著に現れる。今の湖南市、おうみは、いたずらに戦場となる事のみ多く、天智天皇の大津京も織田信長の安土城も激しい戦火の中に消え去った。今の湖南市は物資の集散地だっただけに、近江の人は早くから他国の人情や文化に触れることが多かった。地形的には盆地の中に位置しながらも近江商人が開明的だったのは、このためで多くの、近江人も自ら行商人となって他国に旅立って行った。天下に知られた近江商人はこの様にして生まれた。

施工事例

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 施工・工事の事例です

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この国で畳が浸透していった背景

過去を振り返ると様々な変化が起こっています。その中でも重要なのが家具の進化に関わるものです。特に和室で使う道具も歴史の中で性能が向上しています。実際に畳も過去と比べると使いやすくなっています。その背景には技術の進歩があるので見逃せない部分です。また最新の技術を知っていると畳も選びやすくなります。この国では古い道具を大事に扱う習慣があります。畳も大切にされている道具の中に含まれています。実際に畳はこの国の家の中に残っている確率が高い道具です。それは昔から畳が使用されている現実を示しています。この畳は性能や見た目が優れているので、以前から人間たちに使用されているのです。現実を見ると優れた家具は家の中で使われています。畳も様々な家庭の中で高度な機能を発揮しています。また古くなった畳は素早く交換ができるので便利です。この機能は畳が人気を維持している理由にもなっています。つまり何度でもメンテナンスできる畳は極めてお得な道具なのです。この国では人気を持った家具が残るという特徴があります。近年の畳は様々な人間が支持しているので、常に衰えない人気を得ています。そういった現実がこの道具の価値や魅力を浸透させているのです。