伊勢神宮1300年続く20年に一度の式年遷宮。
そのいわれと2013年の日程。

古くからお伊勢さんと庶民に親しまれてきた、伊勢神宮。正式名称は「神宮」で日本最高峰のお社です。今年の10月に20年に一度で、7世紀より1300年続いてきた62回「式年遷宮」が執り行われます。
ここ伊勢神宮では20年ごとに社殿と宝物をまったく新しいものに作り替え、隣の敷地に移し替えると言う世界でも例の無い方法で御社を後世に伝えて行くと言う壮大な神事です。

日程は、中心的な儀式の「遷御(せんぎょ)の儀」で内宮が10月2日、外宮が10月5日と決定しました。天皇陛下が日時を定める仕来りで、神宮司庁から発表されました。

この「遷御の儀」は建て替えられた新宮に正殿から「神体」を移す儀式のことで午後6時ごろから始まり午後8時、勅使の「出御(しゅつぎょ)」の声に合わせて遷御の列が動き出し新調された太刀、弓などの神宝も収められる。


神話によると伊勢神宮内宮正殿にお祀りする天照大神(アマテラスオオミカミ)は奈良盆地に住まわっていましたが、より住みやすい土地を求めて東に旅立ったそうです。その時、伊勢の土地神様の猿田彦(サルタヒコ)が案内した伊勢の地が、海から朝日が昇り豊かな海の幸に恵まれているのが非常に気に入り、ここ伊勢に住居を定めたとあります。
この時伊勢を新しい住居とし、後世天照大神の住居として建てられたのが伊勢神宮内宮正殿です。

そして時代は下り7世紀。倭国は朝鮮半島の西南部に在った百済の国に、今の中国である唐の侵略から助ける為に援軍を送りました。しかし663年の海上戦「白村江の戦い」で唐の先進的な海軍力に大敗し百済も滅亡してしまいました。当時の倭国は、唐から百済を経由して入ってきた仏教や法制度にはじまり衣食住に至るまで、中国の文化を一方的に取り入れていました。しかも当時の政権はこれを改める気がまったく無く、その脅威にも対しても為すすべが無いままだったようです。
この朝廷に大海人皇子(オオアマノミコ)(後の天武天皇)は妻の菟野皇女(ウノノヒメミコ)(後の持統天皇)と共に憂い異議を唱え、そして自分達が変えるしかないと決断しました。
ついに672年今の奈良県吉野の地で挙兵しました。有名な壬申の乱です。しかし頭初は援軍も集まらず大変な苦労を重ねながら伊勢の地にたどり着きました。そんな或る日、突然目の前の雲の切れ間から天照大神が現れたと伝えられています。自らも天照大神の子孫であると信じていた天武天皇は手を合わせ、強く勝利を祈ったと伝えられています。その日から続々と援軍が現れ、一気に都まで攻めのぼり政権奪回に成功しました。そして673年、今の奈良県の飛鳥浄御原宮(アスカミヨミガハラミヤ)で天武天皇として即位しました。
さっそく妻で後の持統天皇と共に、唐の文化に依存しない日本の独自の国作りを開始します。日本最初の歴史書である日本書紀の編纂に着手、また日本古来の文化を守り伝えるように各地に指令を発しました。また、それまで公文書は全て漢文で書かれていたことも改め、今のひらがなの元になる日本語表記を生み出しました。 この頃より倭の国と言う中国の呼び方から「日本」と言う呼び名に改められて行った様です。
次に日本人の心の拠り所として注目したのが稲です。 神話では天照大神が天上の高天原(タカマガハラ)で育てた稲を子孫に託し地上に伝えたとされます。 その為天照大神は、 日本の食文化を大きく変えた稲の神でもあるとされていました。また太陽の神でもある天照大神こそ日本人の信仰対象に相応しいと考えたようです。その住居である伊勢神宮内宮正殿のつくりは、稲穂の国つまり瑞穂の神の国に相応しい様に、弥生時代から伝わる高床式の米蔵の様式を土台に、威厳と崇高さを持たせる為に様々な工夫を凝らし今の様式にととのえました。 昭和初期に伊勢神宮正殿を拝観したドイツの建築家ブルーノ・タウトは、当時の日記に「伊勢神宮は、独創的な真の日本だ。日本 固有の文化の精髄であり、世界的観点からみても、古典的天才的な創造だ」と絶賛し、その感銘を著書「日本美の再発見」に綴っています。

その伊勢神宮内宮正殿は天照大神をお祀りして、神の存在を具現化し自分はその末裔である事を宣言するものとの意味がありました。そして天武天皇はさらに天照大神をお祀りする祭司を行い、自分が神の子孫であり絶対的な存在である事を人々に知らしめました。   

しかし天武天皇が亡きあと、その跡目をめぐって争いが始まりました。国作り道半ばでありまだ国情も安定せず跡目相続で内輪もめしている場合では無かったのですが。その結果、持統天皇が自らの即位を決断しました。その際に改めて天皇として絶対性を持たせる為、自分は天照大神の子孫であることを世に広める為に天照大神より授かったとされる剣と鏡を受け継ぐ儀式を行いました。
また天皇として初めての火葬を遺言で残し、死後火葬をして自分の魂は天上界に昇って行くことを象徴しました。
そしてこの持統天皇が、天照大神の住まいである伊勢神宮内宮正殿をとわに若々しく保ち、その威光が未来永劫続く様にと伊勢神宮の式年遷宮を命じました。第一回の式年遷宮は、全国各地からの貢物が集まり大成功に終わりました。そして戦国時代に中断の時期もありましたがそれから現在まで1300年間も営々と続いているわけです。

そして、伊勢神宮とは、内宮と伊勢の地元の神様であり食物・穀物を司る神様の豊受大神(トヨウケノオオミカミ)を祀る外宮、そしてその他様々な神様が祀られていて、総数125社を総称したものを言います。

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